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日本海海戦に初めて無線電信と鉛蓄電池を活用

木村駿吉博士による三六式無線電信機が1903年(明治36年)に海軍に正式採用された。しかも、島津源蔵が日本初の鉛蓄電池の開発に成功したため、三六式無線電信機は日本海海戦で十二分に活躍可能となった。当時、無線電信技術はグリエルモ・マルコーニが1894年頃に発明したばかりだったが、日本海軍は、いちはやく世界トップレベルの通信力を整備したのである。三六式無線電信機は、信濃丸によるバルチック艦隊発見の報告や、戦闘中の各艦の情報交換に活用され、戦況を有利に導いた。この三六式無線電信機は安中電機製作所(現アンリツ)の製品であり、蓄電池は島津製作所の製品、受信機の継電器はイギリス製であった。